---- 橋下徹「靖国神社参拝よりも大事なこと」

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プレジデントオンライン / 2018822 1115
写真=iStock.comTkKurikawa

終戦記念日を迎えるたびに靖国神社への閣僚の参拝問題が取りざたされるが、一方であまり知られていない事実がある。全国に80ほどある旧陸軍墓地が政府や自治体から放置され、荒廃一歩手前だという。ここに光を当て、国立の追悼施設などをつくるのが「靖国参拝」を唱える政治家たちの務めではないか。プレジデント社の公式メールマガジン「橋下徹の『問題解決の授業』」(821日配信)より、抜粋記事をお届けします――
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■クソの役にも立たない政治家の「ファッション強気」

国会議員は、外交問題になると、とにかく強気の姿勢を示す。弱腰だと支持が集まらないと思っているのであろう。まあこのような政治家の姿勢は世界共通のところもあるけけど。

しかし、ほんと国会議員のこのような「ファッション強気」はクソの役にも立たないし、何の解決策も生まない。

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815日の靖国神社への参拝でも国会議員は強気の姿勢を示すのが好きだ。

もちろん国を守るために命を落とした方々へ、感謝と尊崇の念を表することは当然だ。これは世界各国共通のこと。このようなことが国をあげてきちんと行われることで、兵士も国のために命をかけて戦うことができる。

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しかし、靖国神社には敗戦国である日本に特有の問題がある。いわゆるA級戦犯が合祀され、中国・韓国が、日本の政治指導者が靖国に参拝することに対して猛烈な反発をするという問題だ。

僕も無責任なコメンテーター時代は、戦勝国が勝手に決めた戦犯というものに日本が従う必要はない、靖国参拝に反対するのは中国、韓国くらいで世界の多くの国は靖国参拝に賛成してくれている、などと主張していた。

ところが現実の政治を経験すると、無責任なコメンテーターの主張がそうは簡単には通らないことを目のあたりにする。

実際、あの安倍さんでさえ、一度靖国参拝しただけで、その後参拝していない。今では安倍内閣の閣僚全員が参拝しなくなった。何の責任も負っていない一国会議員のときには、あれだけ靖国参拝を強く主張していた稲田朋美さんも、責任を負う防衛大臣に就任した途端、靖国参拝は止めざるを得なかった。言い訳のためにわざわざジブチへ海外出張に行ったくらいだ。天皇陛下も靖国に足をお運びにならない。また、政治指導者は他国を訪問した際、その国の兵士を祀る墓地へ足を運ぶ。日本の政治指導者もアーリントン墓地などに足を運んで花を捧げている。これも世界で共通の常識。ところが、アメリカなどの世界に影響力のある国家の指導者は日本を訪れた際、靖国参拝をしない。

結局815日に、靖国神社に参拝をするのは、何の責任も負っていない国会議員だけである。彼ら彼女らが参拝しても、中国、韓国は猛反発しない。それは、そのような国会議員が参拝しても日本や中国、韓国にとって何の影響力もないと考えているからである。そしてそのような国会議員に限って、100人くらいの集団を組み、「みんなで靖国に参拝しよう!」と張り切って参拝する。中国、韓国から猛批判のある中、その批判をものともせず、自分たちは信念を強く貫いているんだと自己陶酔している。

あのね、一国会議員の皆さん。責任を負っていないあなたたちが、いくら参拝しようが中国や韓国は気にしていないの。だからそんな大げさに参拝しなくても、普通に行きなさいよ。別にわざわざ集団を組んで、示威する必要はない。そもそも死者を弔う参拝は、一人で静かに行うものなんじゃないのかね。本当に信念を貫くというなら、内閣総理大臣、首相になってからやってみろっていうんだ。

日本の国会議員の本当の責務は、内閣総理大臣、特に天皇陛下が靖国参拝されていない現実をしっかりと課題として認識し、参拝できるようにその課題解決策を考えることだ

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政府・自治体が「旧陸軍墓地」を放置していいのか?

そしてこの連中が、命を落とした兵士への尊崇の念を口にすることが、いかにファッションであるかを物語る一例がある。それは旧陸軍省墓地が政治行政から完全に見放されているという悲惨な現状だ。

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今年の5月は、大阪城周辺で、真田幸村巡りをした。有名な真田の抜け穴のある三光神社や真田丸跡(現・大阪明星学園)などを巡った。この三光神社を抜けると、そこには旧陸軍省真田山墓地がある。場所は大阪市天王寺区玉造。

僕は、知事・市長のときにここに足を運んだことはなかった。このような存在は何かの話で少し耳にしていたが、特段アクションを起こさなかった。この時点で、僕も靖国ファッション参拝者と同じ穴のムジナなんだよね。英霊に尊崇の念を表すべきという僕の言葉も、ほんとファッションだったなと痛感している。

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この旧陸軍墓地は、全国に80カ所ほどあるらしい。その名の通り、旧陸軍省所管の墓地で、兵士や軍属(軍に雇われた民間人)の墓がある。この大阪の真田山墓地は全国の陸軍省墓地の中でも最古・最大級のもの。大村益次郎が大阪に陸軍の拠点を作って、その流れからこの墓地が作られた。

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僕がこのメルマガで言いたいのは、この旧陸軍省墓地を日本政府や地方自治体が全くの放置状態にしているのはダメだろうということ。そして全国でも最古・最大級の大阪の墓地が放置されているということは国家の最大級の怠慢だ。僕は大阪府知事であり大阪市長であったのに、一度も訪問していない。僕自身も最大級の怠慢だった。

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戦没者を祀る国立施設へ! 政治家は知恵を出せ、行動せよ!

戦後、この施設は、旧軍関連モノとして厚生省(現・厚生労働省)が所管しようとした。厚生省は遺骨収集事業や恩給事業、戦傷病者戦没者遺族等援護事業を所管していたのでその一環としてのことである。ところがGHQが待ったをかけた。この墓地を国が特別扱いしてはならない、端的にいえば国をあげて祀ってはならない、と。そして靖国神社の一宗教法人化に合わせて、旧陸軍省墓地は、財務省所管や厚生省所管の「普通財産」にされてしまった。

日本政府はGHQの睨みを恐れたのか、この旧陸軍省墓地からは距離を取り、地方自治体などへ譲渡したり、無償で貸し付けたりする形をとった。国の責任放棄、地方への責任の押し付けだね。他方、地方自治体も責任感なし。税を投入することなく、放ったらかし。その典型が大阪の真田山墓地だ。もちろん、この真田山墓地が一時、靖国関連施設のような形になっていたこともあり、憲法上の政教分離規定から、大阪府・市がお金を入れることができなかった事情もある。

それでも政治家や官僚が知恵を出せばなんとか方法を見つけることができたのかもしれないが、放ったらかしのままだった。そして墓地は荒れ放題。見かねた地域住民の皆さんや、企業の皆さん、仏教界の皆さんが力を合わせてお金を出し合い、ボランティア活動によってある程度の整備を行い、維持管理をして下さるようになった。

それでも税の投入なく、ボランティアだけで、あの広い墓地を維持管理するのは難しい。雑草も生い茂り、墓石は朽ちているものもたくさんある。ボランティアの皆さんの努力によって荒れ放題という状態を脱することはできているが、十分に整備され、手厚く祀られているとはとても言えない状況だ。なんとも寂しい状況。さらに納骨堂があるんだけど、これもボロボロ。耐震性も全く満たしていない古い倉庫という感じ。ここに特に日中、太平洋戦争で命を落としたとされる方々の遺骨もどんどん集められてきた。しかしきちんとした保管施設となっていないので、壁に乱雑な棚が設けられ、そこに無造作に骨壺が置かれている。そしてその棚が納骨堂の壁や柱を構成しているという、今では完全なる違法建築状態。

国のために命を捧げて、そして国からこの扱い。これはいくらなんでも酷すぎる。あまりにも酷すぎて、悲しくなった。もちろん知事、市長として何もしなかった僕の責任も痛感した

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この真田山墓地にはA級戦犯は祀られていない。ゆえに首相や天皇陛下が参拝しても、中国、韓国からとやかく言われる理由は全くない。年間数千万円の維持費で今よりもはるかにきれいに整備できる。10億円もあれば立派な納骨堂に建て直すことができるし、その他のハード面の整備も大掛かりにできる。

国家の背骨のためには安いもんじゃないか。ちょっとした国や地方の無駄遣いを削れば、これくらいのお金は用意できるだろうし、国会議員の給料やボーナスを削るだけでも十分捻出できる。

自己陶酔に浸って靖国参拝している国会議員よ、国士気取りで強硬路線を貫く自称インテリたちよ、まずは大阪の真田山墓地に来い。そしてこの現状をなんとかするために知恵を絞って行動せよ。国のために命を落とした方々を、国をあげて祀ることができるような国になってからこその憲法9条改正論議だ。真田山墓地の整備に大した額のお金は要らない。国のために命を落とした兵士を国をあげて祀る国立の施設にすればいいじゃないか。政治家やインテリたちだけでなく、多くの国民の皆さんが足を運ぶ墓地にすべきだ。政教分離をクリアするやり方はいくらでもある。これこそ政治家の仕事だ。

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(ここまでリード文を除き約3500字、メールマガジン全文は約12100字です)

※本稿は、公式メールマガジン《橋下徹の「問題解決の授業」》vol.116821日配信)を一部抜粋し、加筆修正したものです。もっと読みたい方はメールマガジンで! 今号は《【今考える敗戦の意義〈2〉】旧陸軍墓地を荒廃から救え! 政治家の「ファッション強気」が有害な理由》特集です!

(前大阪市長・元大阪府知事 橋下 徹 写真=iStock.com

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15311_1238_7f8415f7_9f6b712f_2橋下徹"あえて言う。負けたからよかった"

橋下徹2018/08/15 11:15  PRESIDENT Online

第二次大戦に敗れたからこそ、戦後の日本人は世界的にも珍しいほどの自由を手に入れることができた。日本は戦争に負けてよかった。橋下徹氏が、政治家時代には決して公にすることができなかった本心を今明かす。プレジデント社の公式メールマガジン「橋下徹の『問題解決の授業』」(814日配信)より、抜粋記事をお届けします――戦前社会は、とてもじゃないが我慢できない!

広島、長崎の原爆死没者慰霊祭が終わり、来る815日は、終戦・敗戦の日を迎え、全国戦没者追悼式が行われる。
僕はひねくれた性格なのか、世間で当たり前のように言われることに関し、逆の視点からも考えてしまう。

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僕も知事、市長の時には大阪の戦没者追悼式に毎年参加し、追悼の辞を述べ献花をしてきた。

一時、安倍晋三首相の追悼の辞の類が毎年同じ文章だと批判されたけど、追悼の辞の類は毎年変えるものではない。そもそも安倍さん自身が全て考えて作成するものではない。僕も追悼の辞や挨拶の類は、担当部局に作成を任せていた。通常の記念式典では、事前に用意された紙は読まずに、その場で自分の言葉で挨拶を述べていたが、追悼式の類では、事前に用意された紙をしっかり読み上げていた。そして、もちろん毎年同じ文章である。

追悼の辞では、戦没者の皆様に感謝を述べる。今の世で僕たちがこのように生きていけるのも戦没者の犠牲があってのことだ。そして二度と同じ悲劇が起きないよう平和に向けてしっかりと活動していくことを決意する。これは全くその通りで、当然何の疑問も湧かない。

僕が深く考えてしまうのは、では、先の大戦である太平洋戦争がなかった方がよかったのかどうかである。

これは戦没者の皆さんや、特にご遺族の方々には大変不謹慎な物言いにもなるので、言い方を慎重にしなければならないことは十分承知している。ゆえに政治家時代には発言しなかった。でも社会人になって問題意識を持ってから、ずっと自分なりに考えてきたのだが、やはりあの大戦で日本が負けたことは、戦没者の皆さんやご遺族の皆さんに大変感謝し、大変申し訳ないと思いつつも、全体として僕にとってはよかった、という結論に達している。実は、このような考えを戦没者追悼式の追悼の辞に入れようかとも考えたのだが、それはやはり止めた。

こう言うと、自虐史観! 弱腰! 売国奴! と猛烈な非難を浴びるだろう。特定の思想団体からは、激烈な抗議を受けるだろう。先の大戦で日本は勝つことができたはずだ! と主張する人から、先の大戦は避けるべきだったと主張する人まで、あの大戦で負けた方がよかったという人はいないだろう。

僕が自分なりに調べたところでは、どう考えても、戦前の日本社会は嫌だ。特に軍部が歯止めなく増長してきた昭和初期から大戦突入に至るまで、もちろん戦時中の軍部のあの態度振る舞いも含めて全てにおいて、とてもじゃないが我慢できない。

アメリカにもあるプライバシー監視などの政府からの圧迫

誤解がないようにしないといけないのは、日本の国を守るために命をかけて戦って下さった個々の兵士の皆さんには本当に感謝している。

だけど自分たちの保身を第一にし、組織の権益を守るために汲々とし、いかに自分が責任を負わないようにするにはどうすればいいかだけを考えていた軍指導部に対しては腸が煮えくりかえる。そう言えば、森友学園問題での財務省の公文書改ざんや国会での虚偽答弁の組織行為はこの軍指導部の行動様式に通じるところがあるね。さらに軍指導部だけでなく現場においても、特に唯一の本土決戦となった沖縄戦では、軍が沖縄県民を犠牲にしていた事例が山ほど判明している。

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だいたい戦前の日本が良かった! と言っている自称インテリたちは、文句言いが多い。今の日本政府や地方自治体に対して、それこそ野党政治家に対してもボロカスに文句を言っている。あんたら、戦前の日本だったら、監獄にぶち込まれているよ!

政府や軍(自衛隊)に遠慮することのないこの日本がどれだけ素晴らしいか。
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先進国のアメリカやイギリスだって、政府には怖さがある。諜報機関を持ち、国民のプライバシーはかなり監視されているのが現実だろう。

しかし日本には諜報機関がなく、盗聴を許す法律の範囲で厳格なルールに従って盗聴が行われるくらいだ。しかも盗聴の年間件数は微々たるもの。もちろん日本政府も色々と情報収集しているのであろうが、日本国民は日本政府にビクビクせずに暮らしている。

僕も戦前に暮らしていたらどうなっていたか。いまと同じ調子でやっていたら監獄にぶち込まれていただろう。でもそんな軍の強い社会においては、ビビッておとなしくしていたかもしれない。
ぶん、今、威勢のイイことを言って、戦前の社会を肯定する人たちは、戦前の社会体制の下ではおとなしくいい子ちゃんになっているパターンが多いと思う。

こんな今の日本と戦前の日本を比べて、戦前の方がいいというのは僕には理解できない。戦前の日本の方がいい、という人たちは、紙一枚で軍に入らされ、上官からは暴力を受け、戦地に送り込まれても、また何か政府批判をすればすぐに監獄に入れられて拷問を受けてでも戦前の日本の方がいいと言うのかね。

民間人になったから言える戦没者への「御礼」

太平洋戦争が避けられていたら、軍は残っていただろう。ましてや戦争に勝っていたらどうなっていたか。当然、明治憲法下の政治行政がそのまま残る。もちろん、その後の時代の変化に伴って、日本の政治行政の仕組みも徐々に変わり、最終的には今と同じほどの自由を国民が享受することになるだろうが、それにはもっともっと長い年月がかかるだろう。敗戦を経験することで、我々は猛スピードで、今の自由を享受することができた。このスピードのために300万人以上の犠牲が必要だったと言い切れるのか、ここが悩みだ。

確かに300万人以上とも言われる犠牲者が出たことを、簡単に肯定するわけにはいかない。しかし、あの太平洋戦争に負けたことが、今のように国民が世界でも珍しいくらい広く大きな自由を享受することができるようになった決定的要因なのではないか。

こういうことをいうと、「橋下お前は、GHQWGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)に洗脳されて自虐史観に陥っている。お前はアメリカなどの戦勝国に感謝し続けるのか、原爆投下を肯定し続けるのか」と批判されるだろう。

だから悩み考え続けてきた。まだ多くの人を説得できるだけのものを持ち合わせていない。戦勝国に感謝はしたくないし、原爆の投下も肯定したくない。戦没者に対して、皆さんが亡くなられてよかったです、とも言いにくい。だけどあの大戦があったからこそ、敗戦があっ

たからこそ、戦後このスピードで今の自由があるとも感じている。あのまま戦争を避けていたり、戦争に勝っていたりしたら、日本の政治行政は、せいぜいトルコ程度の民主主義にしかなっていなかったのではないか

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僕は今は⺠間⼈の⽴場で、戦没者の皆さんに感謝と哀悼の意を表したい。そして「戦争があり敗戦があり、戦前の政治⾏政システムがぶち壊されたからこそ今の⾃由を享受できています。戦前の政治⾏政システムを命をかけてぶち壊して下さり、ありがとうございました」と知事・市⻑のときに追悼の辞に加筆しようとした⾔葉を、⺠間⼈となった今、述べさせてもらいます。やっぱり、どのように考えることも、何を⾔っても、政府をどのように批判しても⾃由な今の⽇本社会は、戦前の社会に⽐べてはるかに素晴らしい︕
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